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虚像を追いかけながら

その先に何もないことだけは分かっている

マスメディアの中で生きる君たちへ


マスメディアが私は好きだ。そしてその中でアイドルとして生きる君たちがどうしようもなく好きだ。たぶんそれは君たちがかっこいいからとか可愛いからとかダンスが上手いからとかではなくて。マスメディアというフィルターにかけられているからこそ好きなのだ。

個人的な主観です。


メディアっていうのは人と人との間に介在するものであって、私の言葉や手、目などあらゆるものがメディアである。そのメディアというフィルターを使って人は誰かに自らを判断されるし自分も他人をフィルターを通して判断する。それはきっと大昔から人と人が生きていく上での営みだ。

相手のフィルターに接近すればするほどそのフィルターは薄くなり、より相手の真を理解することができるだろう。誤解が生じることもなく、相互を理解する上で近づくという行為はとても重要だと思うし、それが一番正しい。ただし、いくら近づいても100%理解することはできないし同じものを見ていたとしても私の見ている風景と他人の見ている風景が同じ保証はどこにもない。

その上でマスメディアは絶対的に破綻している。誰かの伝えたいこと、メッセージを大勢に伝える、時には顔も見えない誰かに向けて。メディアというフィルターは最高に厚くなり、真の姿とは確実に乖離する、乖離したものを生み出す、乖離していても気づくことができないから。

マスメディアを通して人は様々に自分を伝えようとした。文字を使う人もいれば声を使う人もいる、自らの体を使う人もいる。それぞれの得意分野をもってマスメディアを通し、目的を持って自分を大勢の人に出していく。そうすることで何者でもなかった人が大衆に形成され何かになる。そういう魔法がマスメディアには潜んでいて私は好きだ。

もちろん使い方を誤る人は大勢いるし、そんな魔法を自分の自在に使いこなせる人など極小数であろう。白魔法と黒魔法みたいな。(黒魔女さんが通る!!めっちゃ読んだなあ(笑))でもそんな難しい世界で自分全てが商品となって生きるアイドルの君たちが私は好きだ。

アイドルは確実に誰か、大衆に、マスメディアに作られたものだ。そのアイドルというよく分からない像を突然与えられる。それは君たちを守るフィルターにもなるし傷つけるものにもなる。アイドル、ということで自分のアイデンティティーにもなり得るし アイドル、ということで一般化もされる。アイドルであるために国家試験も条件もない。ただ大衆が、マスメディアが勝手に形成していくのだ。

それまでは何者でもなかった君たちもマスメディアによってアイドルだ、大衆によってアイドルだ、と定義されれば君たちはもうアイドルだ。一瞬にして魔法にかかる。分厚いフィルターを通して見た君たちは恐ろしいほど輝くのだ。アイドルと言われなかった昨日の自分と中身や姿が全く同じでも。

そんな強力な魔法は使い方が難しい。扱いきることができた人はいないかもしれない。でも君たちがそんな世界で一生懸命アイドルとしての自分をそれぞれ生み出し分厚いフィルターの向こう側の人に届けようとする姿はずっと見ていたい。

自分を素のままで理解してもらおうと頑張る人もいれば、上手く理想像を組み立てキャラを作っていく人、上手く組み立てることが出来ずに悩んでしまう人。いろんな人がいる。でも君たちがどういう言葉で、どういう声で、どういうダンスで、どういう歌で何を伝えようとしているのか、何を生み出そうとしているのか、私はとても気になる、興味がある。難しいからこそ応援していたい、見守っていたい。


だから私は今日もアイドルというフィルター越しの君に貢いでいく。まだまだ頑張って欲しいから、そんな君を見ていたいから。




書き終えて思ったのはすっげー偉そうですみません。

追記:マスメディアは主に旧メディアを指します