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虚像を追いかけながら

その先に何もないことだけは分かっている

自担を消したいくらいには好き


私はTwitterのプロフィールにこのように記している。ときどきとんでもなく自担を消したくなるのだ。きっと自己嫌悪の一部なんだろうけど。

消せるものなら。

この気持ちわかる人いるはず、いないかなあ。



ときどき岩本照を私の頭の中の記憶から全て抹消したくなるのだ。

何を見ても岩本照を考えずにはいられなくなったこの頭をどうにかしたい。

岩本照さえいなければこんなにジャニ曲やジャニーズJrの名前、エピソードを覚えているこの脳の部分がもうちょっと人生に役立つことを覚えることができたはずだ。

岩本照が現れなければ私はあの日横尾渉から担降りしてジャニにハマることは一生なかったはずだ。

もっと違う趣味を見つけて没頭することができたかもしれない。

バイト漬けになることなく他の好きなことをしてそれなりに楽しみながら稼げるようになったかもしれない。

ジャニヲタである、という偏見の目を持たれることもなかったかもしれない。

次はいつ会えるのだろうか、何の舞台か、何回行こうか、当たるのか、お金は足りるのか、、、、、。



別に病んでいるわけではない。岩本照に魅せられて、沼にズボッと収まってから延々と考えていること。

担降りをしたいと常に考えてはいる。ていうかジャニヲタ辞めたい。

辞めたいと思って他の乃木坂やバンドマンやおそ松さんも見てみる。それぞれ彼らもとても魅力があるのだ。これにお金をかけよう、と決意してみる。

でも無理なのだ。岩本照の映像、写真を見るとやっぱり私には岩本照以外に貢ぐことはできない。私が見ていて心の奥から震えるのは岩本照を見ている時だと気づくのだ。

そんな現象も嫌だ。それに陥っている自分は最高に嫌いだ。でも岩本照を延々と見ていたい。自分が見ることの出来る最大範囲で岩本照を見つめていたいのだ。

でもそんな見つめることをやめる、岩本照が私の知らないどこかに完全に行かせてしまう勇気が私にはない。だから岩本照に消えて欲しいといつからか考えてしまうようになってしまったのだ。

こんなことはただのエゴで、本当に消えて欲しいなんて思っていない、ただステージ上で輝く岩本照を見ているとその一瞬を切り取っておきたい、これを永遠のものとするためには岩本照に消えてもらうしかないのではとか考えてしまうのだ。

消えて欲しいとか不謹慎なのはわかっている。単なる比喩である。消えてほしくなくても消えてしまうものがアイドルである。そんな時を見たくないからこそはやく消えて欲しいと先に言っておきたいのか。

わからない。

岩本照の何に魅せられているのか自分でもわからない。今電車で隣に座っているちょっとイケメンな男を凌駕する岩本照の魅力を自分でも語れる自信が無い。分からない。