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虚像を追いかけながら

その先に何もないことだけは分かっている

顔ファンと呼ばれたくない理由


ジャニーズの定義として、というかアイドルの定義として美男子、ということは必要最低条件であると思う。しかし美男子である、という理由でファン、ヲタクであることを忌み嫌う人がほとんどである。つまり顔ファンと言われることがほとんどの人が嫌であろう。

わたしもある時非ヲタ(邦ロック好き)に「ジャニーズJrが好きだからCDとかはPVにでてない限りあまり買わない」、と言った時に「じゃあ顔ファンなんだ?」と言われた。「ちげーしちげーしう〇こ!!!」っと叫びたくなるのを必死に抑えるくらいには顔ファンと呼ばれることが嫌いだ。

でも非ヲタの子に岩本照を見せたときに「かっこいいね」といってもらえるのはものすごく嬉しいし、「こんなのどこにでもいるよ」と親に言われるとものすごく悔しい。

自担の顔をかっこいいと言われることはいいのにそれでは何故、顔ファン、と呼ばれることを私達は嫌うのか。

まず、”顔ファン”という言葉がよくない。この”顔ファン”という言葉は本当に彼の顔しかすきではない、という印象を与えてしまう。つまりただのメンクイだと見られるのだ。日常生活で「〇〇ちゃんってメンクイだよね」と言われることはほとんど悪口である。対象が顔を売りにするアイドルとはいえメンクイである、と言われることに対して例えヲタクでもいい気はしない。アイドルのメンクイ、ということは”日常生活でもこの人は人の顔で好きか嫌いか判断している”と思われかねないからだ。たとえアイドルの顔が好きであっても誰だってそう思われたくはない。(過去に私の知り合いで「私が友達になるかならないかは顔で決める」とかましていた女はいたがそういう例はほとんどいないだろう)

そして次に、こちらがおそらく大きな要因なのだが、アイドルヲタクは彼を構成するアナザーストーリーによって彼を好きになり、貢いでいる。という自覚が強いからだ。アイドルを応援するということは現実世界と違いほとんど直接、個人的な関わりはない。現実で好きになる過程といえば、かっこいいことしてもらった♡助けてもらった♡一緒に頑張った♡などが多いだろう。まあ現実でも顔がいいに越したことはないが。
しかしこのような関わりあいがファンサしてもらった♡手紙の返事がきた♡握手してもらった♡遭遇した♡くらいしかないヲタクはなぜアイドルを好きになるのか。顔だけで好きになるほど女は単純にできてないと思うのだ。そう考えるとアイドルという存在から垣間見える人間性、つまりアナザーストーリーにヲタクは惹かれていくと思うのだ。最終的にこの子に貢ぐ、と決めるまでの過程で必ずほとんどの人は雑誌などの発言を吟味することだろう。彼の苦労や成功、プライベートの一片を感じ、彼の内面までしっかり知り、彼がますます魅力的に見える。アイドルであるのでビジュアルは良いし素晴らしい人間に見え、好きになり、ファンになり、貢いでいくのだ。

そのように彼の内面を知った上でファンになったのだ、という自覚が強い人がほとんどである。それなのに「あなたは顔ファンですね」の一言でばっさりされてしまうと何かが違うのだろう。わたしの彼を思う気持ちはそんな軽々しいものではない、あなたは彼の何を知っているの?と。

顔が好きでなければ興味も持たない人がほとんどだろうから顔がいいに越したことはない。ただファンは最終的に顔で落とされた訳ではなく、アイドルのアナザーストーリーを見つめていくことで落とされているのだ。だからファンは顔ファンと呼ばれることに何が何でも抵抗するのだろう。


ゴールデンタイムの番組等に普段出ないアイドルが出演し、かっこいい、好きになろうかな、などというツイがでると「この人は顔ファンです」「顔ファンやめて」などというツイが出ている光景をしばしば目撃する。彼のアナザーストーリーを知ってるからこそ好きなのにそのような人と同じ好きという形はどうしても納得できない。故に顔ファンを嫌い、自分も顔ファンではない、顔で好きになったわけではない、と言い張りたいのだろう。


最終的にアイドルたちの武器は顔ではないのだろう。本当にアイドルを夢中にさせるのは彼らの持つストーリー性であろう。それをファンも自覚しているし、そのことはアイドルの内面を知っているということとほとんどイコールである。それ故に顔ファンという言葉によって差別化するのだろう。たぶん。きっと。

顔ファンではないと言い張りながら。