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虚像を追いかけながら

その先に何もないことだけは分かっている

SMAP解散報道から考えを巡らしてみたこと

 

SMAPが解散する。

 

 

正直私は未だにこの字面を正確には理解出来ていないし文末に「らしい」と付け加えたほうがしっくりくるんじゃないかとも思う。

実は嘘でした、そんな顛末を望んでいる、というかそうであると心の片隅で未だに信じている。

 

 

それでも消えてしまうのは明白な事実として今、目の前に存在している。

 

 

親戚にSMAP木村拓哉のことが相当好きな人がいる。その影響もあり、母もSMAPはそれなりに好きだ。

小さな頃にSMAPのメンバーの写真を見せられ名前を覚えさせられたことは未だに記憶がある。

実家には多くのSMAPのCDやらDVDが棚の底に眠っている。

SMAPの楽曲はアルバム曲含めほとんど聞いたらわかる。

母のお腹に私がいた頃によく聞いていたのは「青いイナズマ」だと何回も聞かされた。

SMAPのために東京の母の家にくる親戚はまだジャニーズということをあまり理解していないわたしにとってはとても不思議な存在だった。

自分がジャニヲタになってから、Jr担になってから、SMAPという人達の偉大さにはますます尊敬の念を感じざるをえなかった。

 

 

そんなSMAPが解散する。

 

 

親戚は今相当疲れているらしい。励ましの言葉を送ってくれ、と母に言われたがわたしは何の希望も見出すことのできないこの状況で励ますことなど出来ず、同情の言葉しかかけることが出来なかった。

 

 

ふっと思い出したのがNEWSが6人から4人体制になったあの時のことだった。あの時私は茶の間程度のヲタクであったし解散したわけではないがこの親戚と同じような感覚だったのではないかと思った。

 

希望の星が消える。

 

 

当時のNEWSがわたしは好きだった。ただかっこよくて加藤成亮担当だったけど全員が可愛くて好きだった。それ以前の人数の時代は知らなかった。それでもこの6人は永遠に私の前で光輝き続くものだと信じていたし疑ったことは微塵もなかった。

 

しかし彼らは永遠ではなかった。

 

 

きっとそれはこの世の常で、いわゆる諸行無常だった。

 

 

紛れもなくそれは現実だった。

 

 

自分の信仰するあの世界は夢であることをどこかで願っていた私にとって彼らがあまりにも現実を帯びた存在であることに失望した私はそのときジャニヲタを辞めた。

 

ただただ美しい夢を見ていたはずなのにいつの間にか現実に落とされていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の中の世界をできる限り現実に近づけて繰り広げようとするアイドル達はあまりにも脆い。脆いからこそ儚く美しいもとなり得る。それでも半永久的に私たちは君たちのことを応援できると錯覚し始める。君たちに永遠を求める。永遠であることを絶対であると信仰し始める。

 

でもきっとそんな世界は存在しない。できない。

 

 

自らの願望を裏切った結果がもろともそこに現れたときなぜか私たちは悲しむ。そうなること前提の夢想であったにも関わらず。

 

現実世界に夢の世界を生み出すことを一時的には行えたとしてもそれを永遠のものにすることなどできないのだろう。

 

 

 

 

 

 

それでも私はだれかの支えであり希望であり生きる糧であったであろう存在が消えてしまうことはあまりにも悲しいことでありできる限り防がねばならないものだと思う。

 

 

 

自担が「日本一になれるのは日本一の事務所だろう!」と思い自ら履歴書を送ったその事務所。

 

笑顔を振りまいてステージで舞う自担を見ることができるのならばそれで十分で、その人生が自担にとって幸せであるのならばそれに越したことはない。

 

 

夢の世界で儚く散っていく過程であったとしても。